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まあちゃん

数日前に知った出来事。

もう、2か月も前の事だった。
元JJS林正明さんが亡くなっていたこと。

遠い遠い青春の(ふるっ!)思い出。

中学2年生の夏休みテレビで見た郷ひろみに一瞬で心奪われた。
「ひろみ」「ひろみ」と毎日、毎日友達と騒いでいったけな。

ほどなくしてひろみ君の後ろで踊っているジャニーズジュニアに目が行き
中でもまあちゃんこと林正明君の大ファンになった。

当時「ジュニア」と呼ばれていた彼らは9人いて
友人同士でもそれぞれお気に入りがいた。
放課後、教室の後ろでカセットテープを聞きながらみんなでよく
ジュニアの踊りを踊ってた。

中学3年当時の同窓会に行くと今でも必ず男子たちに
「いつも郷ひろみ踊っていた」と言われるくらい踊ってた。
郷ひろみじゃなくてジュニアなんだけどね。


まあちゃんとの思いでと言うと
ある2つの出来事がある。


まあちゃんに本当に申し訳ないことをしてしまったことが一つ。

中3の冬休みの1月2日。
友人とあてもないのにただ〇〇市×××区に住んでいるという情報のみで
まあちゃんの実家を訪ねようと無謀な計画をし実行した。
駅で乗ったタクシードライバーさんの娘さんがまあちゃんの同級生という奇跡。
ドライバーさんはわざわざ娘さんに連絡を取り(当時、携帯電話なんか無かったのに)
実家がすんなりとわかってしまった。
実家に到着するとまあちゃんのお父様とお会いできて
近くの親戚の家に遊びに行っているまあちゃんをわざわざ呼んできてくださったという奇跡。
少し不機嫌な顔して私たちの前に立っているまあちゃん(当たり前)
話すすべもなくただ、ただ「まあちゃん、怒ってる」と
心の中で呟いている私。(当たり前だよ、当時の私!)

家に上がりなさいとおっしゃって下さったまあちゃんのお父様(びっくり)
さすがにそこまでは当時の私達でも申し訳なく遠慮した。

「では、サインしてあげなさい」とまあちゃんに言ってくれたお父様。

まあちゃんのお父様ありがとうございました。
そしてまあちゃん本当にごめんなさい。


高校に進学した私は
当時のテレビ局のプロデューサーと懇意にしているというご両親を
持つ子と仲良くなった。

「夜のヒットスタジオ」の見学に連れて行って貰った。
リハーサル現場に入れてもらったがジュニアの姿が見えない!
いない!いない!なんでジュニアいないの?
するとプロデューサーの方が「郷ひろみに聞いてみれば?」と言って
ピエロの格好をしたひろみ君のそばに連れて行ってくれた。
「ひろみ君」
「うん?なあに?」
「あのね、ジュニアは?」
「う~ん、ジュニア?ジュニア帰ってしまったかな?」と
頭をかきながら答えた。
意気消沈する私たち。

しばらくすると、楽屋に行ってみようかとプロデューサーの方がおっしゃって
「夜のヒットスタジオ」の楽屋に入れて貰った。

いた!いた!ジュニアがいた!
まあちゃんもいた!

まあちゃんに「質問ノート」を渡した。
(当時、質問ノートと言うのがあってジュニアに渡すと答えを書いてくれたのです)
ノートの「返事をすぐ書いてください」とお願いするとすぐに書いてくれました。
友達に頼まれていたほかのジュニアにもノートを渡して返事を貰った。
それから一緒に写真を撮って貰ったけど
写真でもわかるくらい私の顔は真っ赤だ(笑)
そして肩にすっごく力が入っているのもわかる(笑)
もちろん楽屋に長居できるもなく楽屋から出た。
プロデューサーの方に写真だけ撮ってもらったけど
出来上がった写真の中には
まあちゃんに差し入れたミニシュークリームを頬張っているひろみ君の写真があった。
(プロフィールに好物ミニシュークリームとあったので)

当時、(って今もか…)
ジャニーズの人気は絶大で
高校の文化祭の出し物に郷ひろみとジャニーズジュニアの
「花とみつばち」を歌い踊り大喝采を浴びた。

私の青春(ふるっ!)の1ページ。
大好きだったまあちゃん。

どうぞ安らかにお眠りください。

心にぽっかりと穴が空いてしまいました。


だけど、ダンナもまあちゃんも今のこの時代、逝くのには本当に早過ぎるよ。

まあちゃん.jpg
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スターウォーズ ホースの覚醒 [日記]

結婚してからは映画を観るときは必ず隣にダンナがいた。

今日は一人で観に行った。

ダンナが大好きだったスターウォーズ

映画を観に来たのは本当に久しぶり。
3年ぶりかな?

いつものキャラメルポップコーンコーヒーを買って座る。

上映時間まで時間があったので
ポップコーンを口に入れたら涙が出て来た。

オープニングが始まったらスクリーンがかすんで見えなくなっちゃった。

観たかっただろうな…。


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到再見的日 [ペット]

「どん君は、お母さん手のひらの中で自我が芽生え、
そして腕の中で最後を迎えたんだね。」

長男が言った…。

「そうだね、そうなんだよね」涙が溢れた。

しばらくのお別れ。

いつかきっとまた君を抱っこするよ。



どん君の背中の毛をダンナの隣に埋めた。
今頃はお父さんと一緒かな。

到再見的日
また逢う日まで。
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黒猫にゃんこのゴロゴロ日記 [ペット]

ブログ名「黒猫にゃんこのゴロゴロ日記」の
黒猫は我が家のどん君の事。

今年で12歳のどん君は
今、私の後ろで静かに眠っています…。

年末、どん君の喉のあたりが少し腫れているのに気が付きました。
病院はお正月明けて5日から。


5日、かかりつけの病院へ。
その時はもう喉の両側が子供の拳位に腫れていました。
物凄い勢いで大きくなっていました。
呼吸もゼーゼーしています。

獣医は言いました。
「腫瘍が出来ている」と…。

そして、大学病院か高度医療センターを紹介すると言いました。
大学病院はすぐに予約は取れない。
高度医療センターは予約はすぐ取れるけれど神奈川県だと言いました。

またはホモトキシコロジーを試す。
※ホモトキシコロジーとは西洋医学とホメオパシーを融合させた治療法。

今後の治療法について家族で話し合った方が良いといわれました。

腫瘍に針を刺すのもリスクを考えると出来ないとも言われ、
最終的には安楽死もあると言われそのまま何もせずに帰宅しました。

どん君の息苦しさをどうにかしたい…そればかりを考えていたので
判断を誤まるところでした。

夕方、ホモトキシコロジーを打ってもらおうと玄関を出ると
仕事から帰宅した長女と会いました。

今日、病院で聞いてきたこと、
苦しさをどうにかしたい…だからホモトキシコロジーを打ってもらいに行くと
長女に伝えると
「ちょっと、待って」「何にもしなかったの?」「検査もしなかったの?」
「違う病院に行こう」と言われました。

今、冷静に考えればいつ効果が出るかわからない注射を打って、その間のどん君の苦しさは
どうなってしまうのかわかりきったことです。

診察時間、ギリギリに2つ目の病院で診察を受けました。

触診で多分悪性リンパ腫だと思うと言われました。
「どうにかこの子の苦しさを取り除いて欲しい」と伝えました。

これからの生活のさせ方、治療法、
私が思い描いていたことと先生の見解が一致しました。
かかりつけ医ではなくこの先生にお任せしようと思いました。

ステロイドの注射とステロイドの飲み薬を貰い帰宅。
投薬はそれこそどん君と私たちの戦いでした。
2人がかりで薬を飲ませ
少しづつ腫れが引き呼吸も楽になって来ました。
でも、病院に行ってからどん君の食欲はどんどん落ちていきました。

2週間後、腫瘍本来の姿が見え始めました。
ここで抗がん剤を投与を検討。
猫のリンパ腫にはよく効くこと、
副作用が殆ど無い、と言うことで決意しました。

半日入院でどん君に抗がん剤が打たれました。

抗がん剤投与後、どん君は何も食べなくなりました。
体は大きいけれどビビりなどん君。
相当なストレスがあったと思います。

1日か2日おきに輸液で栄養剤など6種類の薬を投与しました。
抗がん剤投与から6日後、どん君の喉を触った時、とてもびっくりしました。
前日よりぐんと腫瘍部分が小さくなっていました。
でも、何も食べていません。
「このままでは体がどんどん衰弱してしまう」
今まで自力で食べてもらおうとあらとあらゆる方法で食べさせようとしましたが
どれも口にしません。
多い時はどん君の前に6種類くらいお皿が並んだこともあります。
匂いを少しかいて顔を横に背ける。
あまりしつこいと背中をむけてしまう。

色んな会社の色んな味のウェットフード。
ミルサーでペースト状にしたり

好物のツナピコ(最近は絶対に与えてなかったけれど)
まぐろのたたき
あじの開き
カニ缶
しらす
牛肉
いかの刺身

どれもどん君は興味をしめしませんでした。

どん君何だったら食べるんだろう?
「父さんの釣って来た新鮮なイカ」
でも、ダンナはどん君に新鮮なイカを釣って来ることは出来ません。

とうとう、強制給餌に踏み切りました。

でも、食べる量なんてたかがしれています。
そのうち歩くこともままならず少し歩くと倒れこみます。
それでも水を飲みに行き、トイレに行きます。

水曜日の朝、トイレで倒れているどん君がいました。
体は冷たくなっていました。
わずかに呼吸はしています。
とうとうおしっこが出なくなりいよいよかと思いました。

病院へ連れて行くとあまりの急変に先生もびっくり。
先生に「もう、ダメなら苦しまないようにしてください」と伝えました。
先生もそのつもりだし、家に帰すと言いました。

腫瘍部分を触って「また、小さくなっている、もう気管支に触れるくらいだ」と
言っていました。
それだからこそ、私もどん君の衰弱が悔しかった。
抗がん剤に耐え、腫瘍も小さくなってきたのに、わずかな希望が見えて来たのに。

半日入院となりました。

午後、先生から電話があり低体温症になっていると言われました。
今、35度まで体温が上がって来たので
診療時間終わりのギリギリに迎えに来てください。と言われました。

トイレの行き倒れが低体温症を招いてしまいました。
もう少し手前で倒れていればそこはホットカーペットだったのに。

私っていったい何をして来たの?
何を見て来たの?

私の不注意…。

明日は、休診日ですが
「明日は仕事でしょ?家に置いておくの心配だろうから
預かるので朝連れて来てください、ここなら看護士もいるから」と言ってくれました。


病院から戻り大き目の段ボール箱に寝かせました。
保温に務めました。

9時半頃、どん君が鳴きました。
にゃおん、にゃおん・・・
「鳴けるほど回復したんだ」と思い
「ここにいるよ、いい子だね」と言いながらどん君を撫でていると
軽く吐きました。
今まで強制給餌の後も吐いた事もないのに。
軽く泡を吐きました。

どん君を抱き上げました。
軽く失禁しました。
「あれ、おしっこしたかったんだね」と言いながら
長女と口の周りやおしりを拭きました。

「こっちの抱き方の方が楽かな…」と言いながらうつ伏せにしました。
さらに生暖かい液体が私の足を濡らしました。

「あれ?動いてない…」
「長女!どん君息してる?!」
「してない!してない!」
「なんで?なんで?」
長女が脈を取ります。
脈には触れませんでした。

どん君を抱きながら私は涙も出ませんでした。
長女はどん君にすがりつき号泣です。

ただただ、呆然。

どん君は12年前のゴールデンウイークにダンナが拾って来た子です。
まだ、耳が横に付き、目もブルグレーで見えているか見えていないかと言う幼い子でした。
一時期は10キロもある大きな子でしたが
その時は片手のひらに乗ってしまうくらい小さな子でした。
2~3時間置きにミルクを与え、お尻や尿道を刺激しておしっこやうんちをさせて
私が育てて来た子です。
ビビりで甘えん坊でとても賢い子でした。
若いころは、私かダンナしか抱っこできないほど私たちにはとても懐いていました。

動物病院に行けば診察台の上にちょこんと座り、
ある獣医に「どん君は本当に可愛いな」と言われました。
看護士さんには「どん君は犬みたいな猫ね」と言われました。
全てびびりで診察されるときは固まっていたのでおとなしい子と思われていたんでしょうね。

そんなことを思い出しながらどん君を抱いていました。

ダンナは生前「どん君は心の友」とか言っていましたが
その心の友があなたのところへ行きましたよ。

今頃、再会を喜んでいるんでしょうか?

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クレアの手術 [甜ちゃんとくーちゃん]

5月の下旬
クレアが下半身のどこかを痛がる。

脚やおなかを触って痛いところを見るけれど
どこが痛いのかさっぱりわからずでした。

最近、甜ちゃんもクレアも体重が増え続け
クレアは5キロをオーバーし6キロ近くになっていました。

ここのところ今までのような元気も無いし
鼻の頭もカラカラに乾いているし
様子がおかしいので病院へ行くことに。

加齢の(今年9歳)ためとかヘルニアになっちゃったかな・・・と思いながら
病院へ行きました。

結果・・・ヘルニアではないみたいだったのですが・・・

とりあえず血液検査と注射をして(何の注射かは失念)薬を飲んで様子を見ることに。


診察後、先生に「そういえば小さなおできが出来ています」
と、軽~い気持ちで言いました。

1年くらい前に目の縁に脂肪腫が出来たので
また、それかな・・・位の気持ちだったのですが

胸を探り、おできを見つけた時
先生の顔が少し厳しくなって。

診察室から先生が出て行くと看護師さんにそっと
「また脂肪腫ですよね・・・前にも出来たし」と言うと
看護師さんは少し難しそうな顔をして首を傾げました。

その顔を見たとたん言いようも無い不安が押し寄せて来ました。

先生が戻り、おできの大きさを計ります。
2つあって両方とも1㎝にも満たない小さなおできです。

先生がいいました。
「乳腺腫です、手術をして取った方がいいですね」

お気楽な気持ちでいたのに。

乳腺腫は取って検査をしないと悪性か良性かわからないとのこと。
その確立は50%。

悪性(癌)ならその後内科的治療を行う・・・など説明を受けました。



薬を飲むため薬を飲み終わって10日くらい経ってからの手術が良いでしょうと
言われ手術の見積書を貰い帰宅しました。


そして手術日を6月23日と決めお願いすることになりました。
合わせて避妊手術もお願いすることに。

避妊手術は麻酔が怖い、怖いと逃げ続けていましたが
今回は怖いなどと言ってられないし
先生にもその事を話すと
「決して侮ってはいないけれどそんなに怖いものじゃないよ」と
仰るのでその言葉を信じるしかありません。

6月23日
私は仕事へ。
わざと自分が仕事が在る日にお願いしました。
仕事でもしていないと
多分不安で不安で仕方ないから。

クレアは主人が病院へ連れていきました。

再度診察すると腫瘍の数が増えており
局所摘出から乳腺片側全摘出に変更なったと連絡がありました。

午後5時過ぎ、
病院から手術は無事に終わり麻酔からも覚めていると連絡がありました。

診察時間内ならいつでも面会に来て良いと言われ
土曜日だったので月曜日まで面会はお預けとなりました。


6月25日月曜日、仕事が終わってから5時過ぎに病院へ。
受付で話していると
クレアの叫び声が聞こえて来ます。

「おかあさん、おかあさん」って叫んでいます。

診察室に通されクレアと面会。
嬉しい、嬉しいと飛びついて来ました。


はしゃぐクレアを抱きながら
手術の説明。
まずは写真から。

おなかにメスが入ったところ、切りとった乳腺、子宮。

「ダメだったらやめます」と言われましたが
「大丈夫です」と答えると

切り取った乳腺と子宮を見せられました。
「この子の子宮はおかしいんだよ」と先生。
「こんなに大きくなっていって・・・いい?ハサミで切るよ」
と子宮にはさみをいれると
中から白く濁った液体が出てきました。

子宮内膜症。

これこそ知らずにいたら命取りになっていたかもしれません。


翌日退院。
聞くところによると私が帰ったあと
ずっと泣き続け熱が出てしまったとの事。

腹膜炎を起こすと困るので
様子がおかしかったらすぐに連れて来るよう言われ
帰宅しました。

10日後抜糸。

猫達を追いかけ、おもちゃを甜ちゃんから奪い取り一人占めし
良く食べ、良く眠りすっかり元のクレアに戻りました。


今回の手術代(参考までに) 
乳腺片側全摘出 体重5キロ

血液検査           5250
血液検査(凝固検査)     525
レントゲン検査        4200
静脈留置           1260
静脈点滴処置        6300
静脈点滴注射 1890×5  9450
皮下注射処置 1890×3  5670
内服処置           1765
内服処置           1214
鎮静・吸入麻酔        7350
呼吸モニター         1575
手術料            36750
避妊手術           21000
入院料  3150×3      9450
カラー              1050
内用薬   158×2       316

            計  113,440
依頼検査           10500
          総合計 123,940


おかげさまで依頼検査の結果腫瘍は良性でした。

今、現在2匹ともダイエットのも成功し
4キロ代になりました。


家人は言います。
犬達のダイエット成功したのにお母さんのダイエットは何故成功しない?
知るかっ!私が一番知りたい!





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